釉の憂慮

まったく困ったことだ。茶碗を作り、素焼きも終ったのに釉が決まらないので本焼きに入れない。

一度狙った釉で試し焼きしたのだが、気に入らない。せっかくの半筒茶碗なのできちんとこの世へ産み出してやりたい。そこで延々と悩む。ああでもない、こうでもない。あの本、この本をめくり返す。これまでのデータをひっくり返す。だが、ほとんどは、実は、役に立たない。一回一回が土と炎の一期一会の出遭いなのだ。

まあ、もうちょっとゆっくりやろうか。灰釉(かいゆうとも読む)の悩ましい魅力がそんなに簡単に手にはいるわけがないのだから。土の時間で生きなければなるまい。

そういうわけでこの分では本焼きを待つ器がどんどん増えてゆく。仕方なく昨日は鉄絵の練習にぐい呑みを犠牲にした。もう少し待てば釉の試験用に使えたのだが、赤津貫入、信楽(赤細)、赤一号、唐津唐津(荒)、唐津(荒、赤一号ブレンド、ハゼ土、黒浜入り)等々、と素焼きを終えた器が混在して(さらに、記憶も混濁して)、わけが分らなくなってしまった。

そこで、反省。これからは土が一目でわかる印を付ける習慣を付けよう。経験者は知っているように、素焼きしてしまうとけっこう土の区別が付かなくなってしまうのだ。

では、次回もう少し明るい報告ができることを祈りつつ……。