うつわ考

うつわとは何だろう。器と書くが、これはあくまでも当て字にすぎない。私の独断では「うつわ」の「うつ」は空ろ、虚ろの「うつ」に通じる。「わ」は環とか輪、つまり、丸いものの意味だ。中身のない丸いものが「うつわ」。敢えて漢字を当てると「空つ環」だろうか。
だから、茶碗も「空つ環」、自分のからだも「空つ環」、私たち(ハイデガー流に言えば「世界内存在」)が中で生きているこの世全体も「空つ環」ということになる。民間語原説をさらに悪のりすると現(うつつ)のうつにも通じる。
会津八一には有名な「学規」がある。曰く、


一、ふかくこの生を愛すべし
一、かへりみて己を知るべし
一、学芸を以て性を養ふべし
一、日々新面目あるべし
というものだが、八一に倣って、ん窯の五郎の「窯規」なるものを作るとすれば多くを語る必要はない。ただひと言

一、空つ環をいつくしむべし
ということになるだろうか。