微細なこころの変化

寝苦しい夜に思う。
アルハンブラの思い出」の弾き方が、ヨハンネス・メラーを聴いてから微かに変化しつつある。
どんな名演奏を聴いたからといってギターの腕が突然上達するものではないのだが、あの演奏を聴いてから、いや、見てからというべきか、私の中でこの曲の重点が右手のトレモロではなく左手の運指に移りつつある、とついさきほど輾転反側しながら思った。
もちろんどちらも不可欠なのだが、今まではひたすら右手のトレモロの完成度を上げることに費やされてきた。そして、高校生の時からの夢がようやく実現しかけたに見えた瞬間、がつんとやられたのだ。
私は63引く17(アルハンブラを弾き始めたのは高校2年生だったろうか?)=46年間、厳密にいえば46年間ずっと弾いてきたわけではないのだが、その長きに亘って右手のトレモロだけを思い続けてきた。そして、今ようやく左手の段階に至ったのかも知れない。
もちろん、右手の修練は欠かせない。だが、曲の気合、あるいは、曲のヘソ、ともいうべき場所が左手にあると思うようになった。というのは、何となくではあるが弾いているとき右手が消えているからだ。
それは自分のアルハンブラへの一歩前進と思いたい。
左手はまだまだはるかに未熟である。これから少しづつ成熟させていこう。そして、左手も消え、さらにこの曲全体も消えたとき、初めてアルハンブラが自分のものになったと言えるのだろう。そんな日が果たしてくるのかどうか心許ないが……
まさにArs longa, vita brevisである。



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