山と山のあいだに
そのあいだには何があるのだろう?
誰にも分らない。そこへ行ってみるしかない。あるいは村があり、あるいは谷川があり、あるいは荒れ地があり、あるいは……
ちょうど今の私は山と山のあいだに何があるのか探しに出掛けている気持だ。
でもまだ山と山のあいだにたどり着かない。山は見えるがあいだは見えない。探しはじめてようやく大事なことに気付いた。
夕空をカラスが群をなして飛んでいった。網戸からいくぶん湿り気を含んだ風が入ってくる。カナカナが鳴いている。
アウグスティヌスは「告白録」のなかで「時間について尋ねられなければ時間のことをよく知っているが、尋ねられるとまったく分らない」という風なことを語っている。
あいだもそういうものなのだろうか……。
いや、そんな甘いものではないのかも知れない。あいだがあいだとして確かなものになるのは私が山になったときだけかも知れないからだ。
にもかかわらずひとはあいだを探し求める……のかな?