柿の蔕、窯焚き




太陽光発電20kw
温水器も50度を超えた
太陽の恵みをいただく

さて、今回の柿の蔕はどんな姿を見せてくれるだろうか。

私がやっているのは写しだ。ゆらぎはあるものの確固とした譜面はある。私のはその演奏だ。だからいつも柿の蔕という型にしばられている。だが、そう感じるのはまだ高麗の陶人と対等になっていないからだ。伝来の型を突き抜けた柿の蔕があるような気がする。それがこの手に宿るのはいつのことだろうか。

型と自在……永遠の対立。だが、それも時が来れば、時間と永遠が対立しつつ互いを内包し合うように、単なる対立ではなくなるかも知れない。

技術というものは不思議なものだ。

型破りとかいっているうちはまだまだ未熟なのだ。


いつもおつき合い下さりありがとうございます。応援よろしくm(_ _)m
画像をクリックしてランキングサイトが表示されれば投票終了



にほんブログ村 美術ブログ 陶芸へ
にほんブログ村