楷書から行書へ

最近つくづく感じるのは自分の器の線の味が乏しいことだ
線の妙味は特にぐい呑であらわになる
ぐい呑は作り手のすべてがさらけ出される舞台だ
焼成釉薬に没頭するあまり線(面とも言えるか)について疎かになっているように思う

線といえば書道も同じだ
私の技量では楷書の線はある程度吟味できるが、行草の線はまったく理解不能な領域だ
今は初心に還って王羲之の行書を勉強中だ

右軍の書を拾い集めて作られた「般若心経」がたまたま入手できたので毎日少しづつ臨書している
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狂草の張旭、懐素も魅力的だが、行草で一番わくわくするのは黄庭堅だ
いつか挑戦してみたい

その線がやきものにも出てくることを祈りつつ