火の魚

なかなか上質なドラマだった。
主人公の小説家の退廃趣味を原田芳雄が好演していた。彼には退廃気分が実によく似合う。あのぶっきらぼうな声が好きだ。
ヒロイン役の尾野真千子もよかった。最初はほとんど慇懃無礼とも言うべき切り口上でしか作家と接していないのだが、無表情な彼女が柔らかないい顔を見せる瞬間が二度ある。
一度目は影絵芝居を演じているときであり、二度目は入院しているところへ作家が度を超えた大量の薔薇の花束を持参した場面だ。
含羞ということばがぴったりな顔をみせた。個人的にはそれほど好きな女優ではないのだが、あの瞬間の演戯には脱帽である。おそらく見ている男性全員のこころを虜にしたことであろう。
死を前にした孤独は分ち合うことなどできないきびしいものだ。そのきびしさが春の氷河のようにつかの間ゆるんだ。彼女はこの一瞬に賭けていたと思う。