同じ味

毎日珈琲を飲む。
同じ豆を同じ粒度で挽いて同じように落すのだが、同じ味にならない。味覚は体調に左右されやすいのかも知れないが、奥が深い。
茶碗も同断である。なかなか同じ味わいのものが弾けないし、焼けない。

と、ここまで考えて立ち止まる。

同じ、とは何か?

哲学の世界ではとくの昔に脱プラトンを図ったのに、ものづくりの世界では相変わらずプラトンの幻影に惑わされてはいまいか。イデアとその影法師……

美の基準ということを言いだした瞬間に現前の形而上学がぽっかりと穴をあけて罠をしかけてくる。

この終りなき(あるいは希望なき)同一性の反復からどうやって抜け出すことが出来るのか?
おそらくそれは言ってみれば


風はいたるところにあり
一旦吹き起ればどこにでも届く

ということなのだろう。ここにはハイデガーデリダも(ホレイショーも?)夢想だにし得なかった世界がある。



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