ものを作る悦楽

どんなものにせよ、作ることは愉しい。いや、愉しいなどということばでは到底埋め尽くせない感情の襞の一枚一枚が悦びを歌う。舞台を作ること、茶碗を作ること、作るものは違っても悦楽はおなじだ。ただこの悦楽は青山運歩の風光にある。山が歩く姿があなたには見えるか?山の運歩を見ていると笑みがこぼれる。団員の運歩を見ていても同じだ。そこには山があり、ひとがいる。

今回の芝居「初夏栄村奇譚」はベートーヴェン弦楽四重奏曲第16番ヘ長調のような気分で書いた。素朴な楽しみ……とでも言おうか。だが、16番同様(いや、楽聖の作品と比較するなどおこがましすぎる、という非難が飛んで来そうだが)単純なものほど景色は千変万化する。舞台の成功はその千変万化を拾えるかどうかに掛っている。