不思議な感覚



あれを眺めてゐると、もう少ししたら、なんのためにわたしたちが生きてゐるのか、なんのために苦しんでゐるのか、わかるやうな気がするわ。(「三人姉妹」)





今回の芝居は難産だった。台本は比較的順調に書き終わったのだが、舞台の出来上がりが一同の努力にもかかわらず、演出の私がもたもたしていたため思うような進展を見なかった。

そのため最後の2週間は変更につぐ変更で役者、囃子方は大変だったと思う。

10月10日に激変した「眼は横にあり、鼻は縦に付き」である。それまでは五里霧中だった芝居全体がこの日から少しだけ見通せるようになった。

それでも断片の集積であることは変わりない。断片が断片のままでは血の通わない生き物同然だ。前日のゲネプロは芝居小屋の関係で、異例中の異例だが、まったく違う場所での通しとなった。いい発見はあったものの劇場でのゲネプロではないのだから当然のことながら、客を入れる状態にまで仕上げることは出来なかった。

奇跡は(まさに奇跡としか言いようがない)、初日当日に起った。公演3時間半前の通り稽古(これが文字通りのゲネプロとなった)で舞台の神が微笑んでくれた。それまでバラバラの断片だったのそれぞれの場面がすべて一本の糸で結びつけられた。身内の人間がこんなことを言うのははばかられるのだが、観ていて鳥肌が立つような思いに襲われた。その瞬間、私たちの芝居が私たちの手から離れ、誰のものでもない大いなるものへと昇華した。

こういう感覚は40年以上やってきた芝居の経験の中でも初めてのことだ。ああ、このことのために稽古を重ねてきたのか……と納得がいった瞬間であり、同時に、そういう稽古をひたすらつづけてきた役者、囃子方を誇りに思う瞬間であった。

二日間の舞台は終った。今振返ると昨日終ったばかりの舞台なのに、もうすでに一週間くらい経ったような感じでもあり、いつのことなのか分らないようにも思える。そうなのだ、今回の舞台全体が、時間の流れの外にあったように思えるのだ。芝居そのものが、止れる今の中にひかり輝いている……まるで大きなやきものの器のように。





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