今日のシェイクスピアは『ハムレット』


ハムレット』は、一応は復讐劇である。しかし、よーいドンで一直線にゴールに向かって進む劇ではない。というより、ゴールはあるのか、向うに見えているのか、よく分からない劇だ。そういうはっきりとした目的をもった劇として考えようとすると、この作品は不可解な迷宮になる。失敗作という批評家もいるくらいだ。
ハムレット』ほど批評家を悩ましてきた劇は類を見ない。毎年発表されるおびただしいほどの批評、論文をみてもそれが分かる。決定的な解決はありそうもない。にもかかわらず、というより、だからこそ、ひとは問いつづけるのだ。
だから、むしろ、はじめから人間の内面宇宙を問うことをテーマにした劇として見た方がすんなりと受け入れられるのではないか。しかし、人間の内面宇宙そのものが、すでに迷宮なのだから、ひとは永遠に問うことをやめられないはずだ。だから、『ハムレット』論も永遠に終わることはない。こうした堂々巡りが『ハムレット』の最大の魅力だ。すっきりとした答えがないと気持ち悪いというひとには勧められない作品だ。
しかし、この作品により、人類が初めて人間の内面と正面から向き合うことになるのだから、『ハムレット』が人類の精神文化に与えた影響は計り知れない。シェイクスピアもかなり力を入れて執筆している。ある学者の計算では、シェイクスピアはそれまでの作品で使ったことのない単語を約600語、この作品につぎ込んでいる。しかも、その多くは英語の歴史でも初めて使われる意味やことばだった。斬新な経験を表すには斬新なことばを必要とする。シェイクスピアは、人類がまだ経験したことのない宇宙を前に、その天才を振りしぼるようにして、新しいことばを生み出していったのだ。
ハムレット』は筋としてはのらりくらりとして、一貫性に欠くものの、至るところ、こころの奥に響く問いかけを用意して私たちを立ち止まらせる。ハムレットのいくつもの独白もそのひとつだ。一度、独白を聞くと、観客はその深みから劇を見るように促され、舞台は内面性をつぎつぎに深めてゆく。だから、舞台上で起こるひとつひとつの出来事は、日常のひとこまのように見えながらも、不意に、内奥へとつづく暗い闇を見せる。たとえば狂ったオフィーリアの


Lord, we know what we are, but know not what we may be.
(ほんとね、自分のこと分かってたって、これからどうなるか、なんにも分からないものね。)


というつぶやきに、私たちは沈黙するしかない。
そういう意味で『ハムレット』は私たちに突きつけられた一種の試金石だ。呼応する内面宇宙をもたなければ、この作品は貧弱な失敗作になり、響き合う問いを持っていれば、無限の宝庫となる。

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有名な独白の「疑問」(question)ということばに呼応するかのように、『ハムレット』には、こころの奥をのぞき込むような、深い疑問を突きつける台詞が多い。「誰だ?」という開幕の第一声がすでに疑問文だ。そして、きわめつけは、うめき声のような「自分とっては、この土くれのなかの土くれはなんだ?」(And yet to me what is this quintessence of dust?)という人間存在に対する疑問だ。




長くなるのでつづきは⇒シェイクスピア全作品解説
覚えておきたいシェイクスピアのことば⇒ジャンル別シェイクスピアの名台詞集



今日の窯出し
久しぶりのたたら作り
釉を何にするか迷った末にこれにした
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藁灰釉は素焼してから掛けているが、今回は平皿なので生掛けでやってみた
適当に濃淡が出ていい感じだ



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